来た紳士は恐縮しながら、
「実は僕自身運転して来たんです」
 と答えた。
 直ちに取り調べが開始され、紳士は一応H署に連行されたが一通りの取り調べによって即日帰宅を許された。
 加害者たる紳士は、某会社の重役で法学士伯爵細山宏、殺された紳士は某省の役人中条直一と判明した。
 細山伯の警察で述べた所によると、彼は毎朝其の時間に自宅から自身自動車を運転して必ずその場所を通り勤先に出る。丁度其の日は今までのクライスラーの代りにおろしたてのパッカードを運転して通った。昨年頃まではもっとおそく出かけたけれ共、今年になってからは健康の為というので割に早く出かける。そうしていつも日比谷公園を東から西、即ち日比谷門から霞門を抜ける順序だった。この日もいつもの通り走って来ると左側の鉄柵と車道との間の細い舗道の上を歩いて来る人を見た。此の儘進んでも無論衝突の憂えはないからと思って、念の為にクラクソンを鳴して進んで丁度その人とすれ違いそうになった時不意に、その男が車道によろよろと入って来た。むしろ飛び込んだ。ブレーキをかけたがどうすることも出来ない。仕方がないから、あわてて右にさけようと思って、ハンドルを右
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