神様のいたずらは、人間には判らないものでございます。
[#地より2字あきで]綾 子
[#ここで字下げ終わり]

「神のいたずら?……自然の皮肉?」
 つぶやきながら伯爵はまき込められた一片の紙に目を通した。
 そのはじめに女文字で「之は夫直一の日記の断片でございます。夫の死後、私が発見して今まで誰にも見せずにおいたものでございます。綾子」と記されている。
  ×月×日
 妻はどうしても疑っている。否疑っているのではない。俺が吉田豊を殺したと確信しているのだ。俺の手が血みどろに見えるのか、俺の顔がそんなに恐ろしいのか。俺がこのごろ夜中眠れないで役所も休んでしまったのを、良心の責苦だと思っているらしい。馬鹿! 俺がいつあいつを殺したんだ。俺は人殺しじゃない。あいつはほんとに過《あやま》って死んだんだ。
 俺が豊を殺そうとしたのはほんとだ。恐ろしいことだが俺はこの手で彼を崖からつきおとしかかったんだ。それは間違いはない。しかし、しかし、俺はあの時つきおとしはしなかったんだ。
 もう少しで彼にふれようとする途端に、豊が不意に悲鳴をあげたんだ。俺は却って驚いた。どうしたんだ? と、きこうとする刹
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