事と中条未亡人が生きている限り、人殺しをしたと確信されている。俺は自分の計画が完全だと信じていた。余りに完全すぎたと信じていた。しかし、大自然が行う皮肉を無視していた俺は愚かだった、永遠に俺は呪われている」
 伯爵がここまで書き記した時、ドアをノックする音がきこえた。伯爵の声に応じて小間使が丁寧に一通の封書を机の上において去った。差出人は中条綾子。書留郵便で投函日附は昨日である。
 いそいで封を押し切った伯爵の目には次のような美しい文字がはっきりとうつったのである。

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 伯爵様、先刻は失礼いたしました。折角お訪ねくださいましたのに、私実はあの時、大変考え事を致して居りましたの。それで申訳ない失礼いたしてしまいました。お許し下さいまし。あの時私はある物を伯爵様にお目にかけようかどうかとまよっていたのでございます。けれどとうとう決心してしまいました。何事も申し上げませぬ。ただ同封の文をおよみ下さいまし。そうして永遠に御身近くにおもち下さいまし。
 伯爵様、あなたの御力は偉大でございました。けれど、われわれの頭がどんなによくても神様のなさることを考える事は出来ません。
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