なたがしたとは云いません、群集がです。しかしその群集を犯人が呼ぶことは出来た筈です。少くとも彼が唖でない限りはね。事実あの時調べられた人々は一斉に『声をきいてかけつけて見ますと』と云っていますよ。つまり犯人子爵は相手が死んだのを見定めてから先ず弥次馬を呼ぶ、そして自分は直ぐ目の前の検事局に恐れながらととび込んで来るのです。過失はともかく、どうして故意を疑いましょう。誰が殺人事件だと思いましょう。驚嘆すべき腕まえです。
然し之は皆例の小説家の空想ですよ。アハハハ、一寸面白いでしょう。おや? どうかなさいましたか」
この時、今まで青い顔をしてきいていた伯爵細山宏はふらふらと立ち上ったがドアにようやく手をかけながら、
「嘘だ嘘だ、人殺しなどと。――けしからん、あいつ……自殺だ、自殺だ!」とあえいだ。
「お帰りになるならもうお帰りになってよろしい」
うす気味悪い笑をたたえてドアを助けて開けてくれた大谷検事を後に、よろめくように伯爵は廊下に出た。
三
それから一週間たってからのある夜、伯爵は日記の中に次のような感想を認《したた》めていた。
「驚くべきは大谷検事の推
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