質の男は時とすると犯罪に対しては、非常に勇敢になるものだからである。
中条と雖も音楽は嫌いではなかった。はじめのうちは二人の演奏にひたることも出来た。
けれども最近に至っては、彼は全く不快な気持で二人を客間に残して自分の部屋にもどるのが常となった。
彼がいなくなると彼等は一層仲よく弾いてるような気がした。
いや、楽器をおいて、笑いさざめく声がよく聞えた。そうして弾きはじめると音楽は一層幸福そうにひびいて来た。
彼は、「春のソナタ」を書斎の中でききながら幾度歯を食いしばったことだろう。
彼は舌打をしながら、ベートホーヴェンを呪った。それ程、二人のすきな曲は、この奏鳴曲だったのである。
一方吉田は遠慮なく綾子を音楽会にさそいに来る。妻は平気で一緒に行く。そうして夜おそくなって帰って来る。
「一体今までどこで何して来たのだ」
「だからS氏のコンサートって申し上げたでしょう。マーラーのシンフォニーって素的ね。何だかむずかしくって判らないけれど」
「何を云ってやがるんだ」と彼は心で思った。
「おそくなって申訳がございません位のことを云ったらよかろう」
斯う思ってももう口にさえ出し
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