、目の中が少し紅くなって居る。
「で、先生、さっきの話ですが……」
 又してもさっきの論題である。
「私は、探偵小説家たる先生に、そうです、特に先生にはっきり申し上げたい」
 この時、なめくじ男の顔から、俄然《がぜん》なめくじらしい表情は消え去って、鎌首をもたげた蛇のような鋭いようすが現われた。なめくじ男、否もはやそうではない、蛇男は更につづける。
「私は先生のような人が、ああいう小説をよく書いて居られると思うのです。実に不思議でならないのです」
「というと、どういう事ですか」
「先生は元検事でしょう? そうして今弁護士です。いずれにしても法律家である筈です。そうして、正義という事の為に常に不正と戦うべきことは同じ筈です。その先生が、世を毒するような、あんな探偵小説を書くのは不思議です。先生には一方では社会を正しく導かねばならない勤めがあるのです」
「冗談云っちゃいけない、僕は社会を導くなんてそんな大それた考えをもった事はありませんよ」
「いや、先生自身は自ら社会を指導する気はないかも知れない。しかし正義を奉ずる法律家に、それだけの覚悟がなくてどうするのです? もし先生がそれを考えて居
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