××という村の小学校に勤めて居ります。どうぞよろしく」
 なめくじ男は、ここで今更改まってピョコンと一つおじぎをした。
 私が一応はっきり切り込んだので、なめくじ男は、話の腰を折られたと見えて、暫時《しばらく》黙った。
 そのかわり、私の前のシートにゆったりと腰を落ち付けて、何か考えて居る。
 列車は既に沼津を過ぎて鈴川あたりを走って居る。
 晩春の美しい森や小川を眺めながら私はつとめて気分をまぎらわそうとつとめた。
 相川というなめくじ男はこの時、ふと外套のポケットからウイスキーの罎《びん》を取り出して、
「先生一ついかがです」
 とやった。
 私は元来一滴も酒を口にしない上、この日は法律家としてやむを得ない旅行をして居るので、目的地に着けば相当仕事の上のまじめな準備もしなくてはならず、その上こんな得態の知れない男に何を呑まされるか判ったものではないから、きっぱり拒絶した。全く拒絶の形だった。辞退したのではない。拒んだのである。
 なめくじ男は、拒絶されても一向平気で、
「ではやむを得ません」
 と云いながら、自分で一杯生のままでのみほした。気がつくと、もう前から少しやって居るらしく
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