んとうに読んでそう云って居るかどうか判らない、と云う事になるので、当らずさわらずの、いいかげんの返事をしておいた。
「近頃ずい分探偵小説が流行するようですが結構です」
「結構だかどうだか判りませんよ」
 この返事は私としては極く意味のない言葉だったのだが、相手は急にきっとなって云った。
「先生、先生はほんとうにそう思いますか?」
「何がです」
「つまり、今のようなこんな探偵小説流行の風潮を結構だとは思わない、若くは嘆かわしいとお考えになるのですか」
 これは真面目な問題である。相手は教師だという以上、教育上からこの風潮に対して、恐らく反対の気勢をあげるのだなと私は思った。
「あなたは今ただ田舎の教師だとおっしゃった。紹介のない相手にいきなり口をきいて、しかもその人の意見をはかせる以上、僕は君自ら、はっきりとお名乗りになるのが礼儀だと考えますが……」
「これは申しおくれて相すみません」
 彼はこう云いながら、上衣のポケットから余りきれいでないシースを取り出し、その中から一葉の名刺を抜き出して私に手渡した。
 見ると、それには『相川俊夫』という四字が印刷されてあった。
「T市から数里隔った
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