までどんな表情をしていたか知る由もないがおそらく私の頭を見つめて居たのだろう。
「もしもし」
 と云われた時、すぐにこれがあの男の声だと感じたからすぐに私は振り向いた。
 ふり返って見た時は、既に私の右手に、その男がにやにやしながら突っ立って居るのである。
「…………」
「××先生じゃありませんか。どうもさっきからそうだと思って居たのですが」
 人の名を聞く時は、まず自ら名乗るのが礼儀である。私はこの問が快くなかった。
「あなたはどなたですか?」
 相手は不相変《あいかわらず》にやにやして居る。
「私はごくつまらぬ田舎の教師ですが……××先生でいらっしゃいましょうね」
「ええ僕は××ですが……」
「いや私もそう思って居りました。一昨夜電車の中でお会いした時も、たしかに雑誌で見た先生のお顔だと思ったのですが、つい申しそびれて……今日ここで偶然お目にかかったのは、ほんとうに幸いです」
 何が幸いなのか、私には少しも判らない。
「先生の御作はいつも愛読して居ります」
「いや、それはどうも恐縮で」
 小説家に対する最大のお世辞は、その文章を読んで居る事である。従って、こっちから云えばはたしてほ
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