顔を作って私の手を握った。
『××先生、どうでした、今までの話は! 無論あれは皆出鱈目ですよ。私には第一女房なんてまだないんです。平生先生の小説を愛読しているので、御退屈をまぎらす為にあんな話をして見たのです。一昨日は東京で偶然のり合わせ、今日も又思いがけなく乗り合わせましたね。如何です、出来ばえは。あはははは左様なら』
唖然としている私をあとに彼はさっさと車から出て行った。
[#ここで字下げ終わり]
読者は多分こういう結末を予想されたかも知れぬ。又私自身も、こういう結末を予想しないではなかった。ことによると一杯かつがれたのではないか、とも思って見た。だから、もし彼がすっくと立ち上ったなら、やられぬうちに先手を打って、
『やあ、ありがとう、素晴らしい出来ばえでした。おかげで退屈しないですみましたよ。御作は早速発表しましょう』
と、こう云ってやるつもりだったのである。
所が事実というものは、中々探偵小説のようには行かぬものだ。
T駅に着くと、彼は立ち上りはしたが、何かしきりに物をおそれるように私によりそうのだった。
私は、いたわるように彼をそばに引きつけて、車を下りたのだが
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