いたのである。すると相川はむっくり起き上ったが、席をうつした私を見ると、又前にやって来て云った。
「先生、どこまで行くんです」
私はただ一言、
「T駅」
と答えた。
「T市? そりゃ実に偶然です。一緒に降りましょう。私もそこでおりるんです。一緒に歩いて下さい。きっと刑事が私を見張ってますよ」
「そんなわけはないじゃないか」
「いえ、そんな気がするんです。どうもそうらしい。ひろ子の奴が墓場からそういって居やがる。警察に云ったに違いない。ねえ、一緒に歩いて下さいよ」
私はこの際、黙ってうなずく事が最も賢明であると悟って、たてにかぶりをふったまま黙って彼を見た。これ以上何か云う事は一層この男の気狂いじみた振舞をあおるばかりだと考えたからである。
二人が無言のまま向き合って居る間に、列車はついにT駅に着いたのである。
四
読者諸君、これがいつもの私の書くような小説だったら、私は探偵小説の常道として次のように最後の章をむすぶだろう。
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列車がT駅に着すると、今まで妙な顔をしていた相川俊夫は不意にきっぱりとした快活な調子を現わし、陽気な笑
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