大胆でない私は、とび上るように驚いた。自ら人殺しだと名乗る位な男だから、何をやるか判らない。私は強いておちついた風をしてその手を払ったが、次にどうするかと恐る恐る彼を眺めた。
しかし彼は、ふり払われた手を右ポケットの中につっこむと、そこから又新しいウイスキーをとり出してがぶりとあおった。
「あなたから人殺しだけを教わって、良心や恐怖をふりすてる事を教わらなかった私のこの頃の有様は毎日これです。これがなくては生きて行かれない。……うちに居ても毎日これだ。妻はひろ子を失った悲嘆の余りのやけ酒[#「やけ酒」に傍点]だと思ってやがる馬鹿!」
こういうと彼は突然、座席の上にぐるりと仆れたが、そのまま目をつぶって眠りはじめた。
興奮の後の疲れが彼を襲ったのであろう。
私はやっと安心して、向う側の座席にそっと移り、出来るだけ彼の目をさまさぬよう用心した。
暗い外の景色をながめながら、私はこの恐ろしい話をいろいろに想像して見た。もしほんとだとすれば私は人殺しと並んで居るのだ。しかし、まさか、と思われるようでもある。
こうやって一人いろいろの事を考えているうち、列車はT駅の一つ手前のF駅につ
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