。医者は更に、ひろ子が可なり危険な状態にある事、肺炎をおこしつつある事を注意し、いろいろ湿布《しっぷ》の仕方などを私に説いて帰って行ったのでした。
 私は、わざと不完全な湿布をやりながら、後から医者の家まで薬を取りに行きました。なるべく時間をとるようにしたいのですが、それは、どうも不自然ですから、適当にいそいで、往復しました。しかし、私のこの顧慮は、必要のなかった事でした。何故ならば、帰宅した時はひろ子の病勢は著しく進んでいましたから。
 その真夜半《まよなか》、ひろ子が余り苦しむのを見かねて、妻が私に医者の許まで行ってくれと頼みますので、いそいでかけつけ門を叩いて見ましたが、幸いにも――全く幸いにもです、こういう言葉の使い方は悪魔の辞書にのみ見出されるはずです――医者は、同じような急患者の所に往診して居て不在、結局、来てくれたのはそのあくる日の昼頃でしたが、その時は既にひろ子は全く絶望の状態にありました。
 妻の涙の中に、ひろ子はついに息を引き取りました。死亡診断書には急性肺炎と書いてあったと思います。誰も怪しむ者はありません。ささやかな葬儀を以てこの事件は終ったのです。
 先生、私
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