何故殺したい程憎かったか。それは、我が妻の子だったからです。我が子と私は云いました。しかし、あの赤ん坊がたしかに我が子だったかどうかは判りません。否、殺した時、私は妻の子であっても私の子ではないと信じたのです。
 私は今帰りつつある郷里(読者よ、それは偶然にも筆者の目的地と同じなのである)で、三年前にある女と結婚しました。私はおはずかしい話ですが彼女に惚れたのです。彼女も又私を愛しました。少なくも私はそう信じて居ました。
 私らが結婚する以前、私には互いに知り合いではありませんでしたが、競争者らしいものがありました。敏子――これは妻の名です――は固い家の娘なのですが、彼女の家では二階を若い男に貸して居たのです。東京生まれの水原という男が、敏子の家に居た事があります。その男が敏子に恋しているという話をきいた事があるので、水原という名は私には常に恋仇のように考えられて居たのでした。この男は私達の結婚の少し前に東京へ去りました。
 結婚までにも種々な事がありましたが、それ等は煩しくなりますから省いて、すぐ結婚生活の話に入ります。私ははじめは幸福でした。妻の家にもと居た水原の事などは全く忘れて
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