を二、三度のみ込みながら、急に相川は口を切った。今度は又、俄《にわか》に丁重な言葉を用いながら。
「先生、先生は弁護士でいらっしゃる。弁護士として聞いた人の秘密は無論お洩らしになる事はないでしょうね」
「勿論です。道義上でもいうまでもない事ですが、法律の上でもわれわれはそういう秘密を洩らすわけに行かなくなって居るのです」
(平凡な描写をすれば)相川は、しばらく、云おうか云うまいか、と頻《しき》りに考えたらしいが、結局、こう云い出した。
「それならばお話しします。さっき申した一人というのはかく申す私なのです。相川俊夫です」
「何? 君?」
「そうです。私こそ先生の小説の為に身を誤った人間の一人なのです。私はこの冬、一人の人間の生命を奪いました。人殺しをやったのです」
読者は、私がこの時彼の正気を疑った事を無理もないと考えられるだろう。彼のようすには少しも冗談らしいところはない。否、非常に真剣なのである。だから相川俊夫が私をからかって居るとは考えられないのだ。
私は、たしかに此の男は気が狂って居るのだな、と感じた。
それで私は、わざと驚いたようすをせず、平気な顔をしてこう云った。
「
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