いったって、社会に対する感化を考えないという事はけしからんです。あなたは自らお考えになった事はないのですか?」
 於是《ここにおいて》「先生」は俄然「あなた」に変じ、彼の蛇男は立派な社会評論家になってしまったのである。
 私は少し腹が立って来た。真面目に論戦してやろうと考え出した。そうして何と云ってやろうかと思っていると彼は、ウイスキーの罎を殆ど空にしながら、こういうのである。
「探偵小説家の中でも、特に私はあなたに文句があるんだ」
 此の一言はきき捨てならなかった。
「どうして、特に僕が、だ」
「あなたは法律家だ、従ってあなたの書くものには、とかく法律問題が出て来る。それが面白いかどうかは別問題として……」
「いや面白くないでしょうよ」
 私は一寸《ちょっと》からかって彼をくじいてやるつもりだったのだが、彼は少しもひるまぬ。ひるまぬ所か手をふりながら興奮してつづけるのである。
「私が特に文句をつけたいのはそこなんだ。あなたは第一殺人ばかり書いている。その上、その殺人方法のトリックが殆ど法律問題なのだ。いいかえれば、法律的に一番安全な殺人方法をいつも書いている。つまり、如何にすれば人を
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