そりやアほんたうか
年配の男は黙つてお喜乃の顔を見てゐる。
酒場の中からどんたりどんたり話声が聞えて来る
空樽《たる》に腰を掛けて冷酒《ひや》をあふつてゐた
目の苦茶苦茶した浅黄服を着た男が
微酔《ほろゑひ》機嫌で酒場の中から出て来た
オ、お喜乃か、ウム、美い綺縹だな
オイ兄え(年配の男に)己《おら》ア一足先き帰《けへ》るよ
千鳥足で行つて了つた
ホ、権が来だ!
年配の男は、向ふを見ながらお喜乃に顋《あご》でしやくつた
権はひよつこり酒場の前にやつて来た
お喜乃は駈け寄つて権の手を握つた
権さん
お前どうした、工場から暇が出たのか
お喜乃は悲しさうに権の顔を眺めてゐる
権もお喜乃の顔を眺めてゐる
お喜乃の目からはらはらと涙が零《こぼ》れた
権さん、工場やめてどうする
嘘だ、嘘だ
お前大坂へ帰へつちやンだらう
お喜乃はほろほろ声になつてゐる
夕焼の空は一面に赤く燃え立つてゐた
権は何んにも云はずに下を向いて立つてゐる
権さん、お前、大坂へ帰るなら
わたしも、一所に連れてつてお呉れな
又してもお喜乃の声は顫えてゐる
お喜乃は夕方になると赤い花|簪《かんざし》をさして、酒場
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