げて飛んで見ろと
雁が云つた

家鴨の子は一生懸命飛んで見たが
体が重くてぼたりぼたり落ちて了ふ
雁は笑ひ笑ひ飛んで行つて了つた

家鴨の子は泣き泣き小舎《こや》の前に帰つて来た
親家鴨は
桶の中へ首を入れて水を呑んでゐた

子家鴨は
別な良《い》い翼をつけて呉れろと
大声で泣いてゐる

親家鴨は仕様なしに
そつちの方を向いて
聞えぬ振りをしてゐた


[#1字下げ]深淵[#「深淵」は大見出し]

ヨーイトマーケ
ヨーイトマイタ――と深川の道路ツ端《ばた》に
印袢纒《しるしはんてん》を着た
女の声が唄つてゐる

砂塵を捲いてタクシーは
轣き殺すほどの勢ひに――人々はどやどやと
街路樹の下に
右に左に避《よ》けてゐる

下町の深淵の中に沈んでゐる
力のぬけた、だるい顔
ガソリンのむかつく臭気《にほひ》嗅ぎながら
女の声は唄つてゐる

灰色の中に住んでゐる LABORER の――声は次第に疲れてゐた――印袢纒の女の声は疲れてゐた
冬の日は
一間《いつけん》ばかり残つてゐる


[#1字下げ]生姜畑[#「生姜畑」は大見出し]

枯れ山の芒ア穂に出てちらつくが
帯に襷にどつちにつかず
赤い畑の
前へ 次へ
全22ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
野口 雨情 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング