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   毒消売りの娘子軍

 やがて中之条町についた。吾妻川はここで本流支流の二つにわかれてゐる。私は吾妻川の支流に沿ふて、四万街道を上つて行つた。四万街道は四里の間渓谷の中を川に沿ふてつくられた四万温泉への通路である。途中、越後から来た毒消売りの娘子軍と道連れになつた。娘子軍は世間ずれはしてゐるが、さすがは女である。
『越後出るときやヨー、涙も出たがヨー』なぞと懐郷の念にたへないといふやうな面持ちで歌ひながら歩いてゐる。民謡一篇。
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   ◇
山にや霧立つ
雉子の子さへ
越後恋しか
ほろたたく
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   四万温泉の一夜

 四万は渓谷の中のさびしい温泉場であるが、相当な設備の温泉旅館が数軒ある。私は田村旅館の三階から四万の全景を一眸の下に眺めてみた。吾妻川の支流は狭い谷川となつて旅館の前を流れてゐる。小さいながら川上には、小倉の滝、大泉の滝、日南見の滝等の名所がある。
 夕霧は山をめぐつて、いつしか日は霧の中に暮れてしまつた。
 丁度、その夜の丑満《うしみつ》頃である。やみをつんざいてけたたましいときの声が聞えた。
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