ハテナと思ふ瞬間に、階上階下の廊側《らうがは》に右往左往するおびただしい足音も聞えて来た。私は『山賊の襲来』と直感して、すぐはね起きたのである。
四万温泉の丑の刻
丑満ごろに、闇をつんざいて聞えた鬨《とき》の声、ただならぬ廊側の足音、てつきり『山賊襲来』と思つたのは、丑の刻を知らせる田村旅館の番頭達の怒鳴り声であつた。童謡一篇。
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◇
四万の田村の
番頭さん達は
ヨイヨイヨイサ
鬨の声あげて
丑の刻知らす
ヨイヨイヨイサ
夜の夜中だ
番頭さんも眠い
ヨイヨイヨイサ
眠い顔して
鬨の声あげた
ヨイヨイヨイサ
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丁度この日は土用の丑の日である。丑の日の丑の刻に温泉に浸ると万病に特効があるといふしきたりから浴客に時刻を知らせたのである。親切な番頭さん達だ。童謡一篇。
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◇
起きなお客さん
丑の刻ア来たよ
はやく起きぬと
丑の刻ア帰る
一度帰れば
今年は来ない
寝ぼはきらひだ
お寝ぼはいやだ
帰ろ帰ろと
風呂場を見てる
起きなお客さん
丑の刻ア来たよ
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