て、過去のこと現在のことの資料として書く意見であつたので、それは沿革地理を書くといふ主義とは別個の考へであるが、隨分面白い考へである。
その外、この人も最も勝れた研究は校讐學である。校讐學は校讐通義に主に論じてあるが、これが即ち著述の源流を考へる學問であつて、一面から見ると書籍の目録の學問であるけれども、その目録の學問といふのは、單に書籍の目録を並べて分類するといふのではなくして、書籍の著述の意義から考へて、書籍の世の中に出て來るのを發生的に考へて、さうして分類法を考へたのである。必ずしも古代の分類が良くて、近代の分類が惡いといふやうに、昔のことばかりを尊ぶ意味から論じたのではない。勿論古代の分類が勝れて居つたこと、即ち劉向・劉※[#「音+欠」、第3水準1−86−32]などの分類が勝れて居つたことを論じて居るけれども、それは即ち劉向・劉※[#「音+欠」、第3水準1−86−32]が學問の流別といふことを知つて、著述の發生する次第に明らかであつたからであつて、劉向・劉※[#「音+欠」、第3水準1−86−32]時代に書籍を六部に分けたのが、後世になつて四部に分けられるやうになつたのは自然の
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