事柄でありますけれども、又縁起譚とは一種違つた思想でありまして、まあ宗教的縁起譚とも言ふべきものであります。
 其の次になりますと、今度はこれらの原始的歴史思想がもつと洗煉されて、綜合的史學思想と言つてもよいやうなものが出來て來るのであります。それは孟子に於きましては、滕の文公の篇に「孟子好辯」といふ章がありまして、その中に一治一亂といふことが盛に論ぜられて居ります。昔から世の中は一治一亂であつて、堯舜以來段々國が一時治まるといふと、その次に又亂れる時が出て來る。それから又亂れて後治める人が出て來て、又一治が出て來る。又一亂が出て來るといふことで、一治一亂を繰返すといふことを孟子が論じて居ります。この一治一亂は、これは餘程古代からのことを大きく綜合した所の歴史的思想でありまして、ここらになると、後世の立派な史學の歴史思想と大した差がなくなつて來て居ります。大體私は孟子と公羊傳といふものは、餘程關係のあるものと思つて居りますので、この二つは屡※[#二の字点、1−2−22]同じやうな主義を述べて居る。例へば孔子が春秋を作つたといふことに就ての考へ、それに對する議論といふものは、孟子と公羊傳
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