益といふ人がありまして、學問詩文とも一代に秀でた人でありましたが、自分の藏書の場所を絳雲樓と申しまして、そこに古銅器などをも澤山列べてあつて、其の閑雅な趣味多い生活を助けるものは、詩文の能く出來る有名な妾、柳如是といふ者でありました。その中に明が滅びた時に、妾は氣の勝つた女で、お前は明に仕へたものであるから、この際は明國に殉じて死んだらよからうと言ひました所が、よく考へさしてくれといふので、考へて見るとどうしても死なれないと妾にあやまつた。妾は怒つておれが死んでやらうといふので池に飛込んだといふ話がある。勿論妾も死にはしませんが、近代の支那の生活要素にはかういふへんなものがありまして、讀書人の好みを魅惑する。支那人はその魅惑に克たれない。克たれない程支那の生活には、肉欲的なものと同樣に、非常に古代趣味が出來て來て居る。日本では金持が時々古銅器を何萬圓で買つたとかいふやうなことを言ひますが、これは金の代りに持つて居るやうなもので、本當に古器物に魅惑されて持つて居る人はありませぬ。日本でも趣味に魅惑される人間はありませうけれども、支那が餘程著しい。その生活は餘程一種特別なものであります。

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