うとしたことがあります。さういふことは趣味の復古的傾向でありますが、之と同時に其趣味を反映して居る所の畫なども同樣であります。樓閣山水といふことを支那で申しますが、樓閣を主とした山水は五代で終りました。繪畫で以て寫眞のやうに複雜な微細な技巧を現はすやうなことは、宋以後はしなくなりまして、さうしてその以後は自然の山水畫が盛になつて來た。それから不思議なのは醫者とか養生に關する方法さへも同樣であります。唐までの養生法は、何でも外部から藥で以て攻めつける養生法で、天子や貴族などが長生をしたいといふ、長生をしたいといふことは老人に至るまで女でも樂みたいといふやうなことでありますが、さういふことは皆藥を以てやらうとした。それで非常に刺戟の強い鑛物性の藥などを飮んで、それに中てられて死んだ天子などがよくあるのであります。宋以後はさういふことを止めまして、さうして内部の養生をして行かうといふ傾になりました。それで道教の方では養生の爲の藥を丹と申しますが、丹は長生不死の藥であります。宋以前は外丹の法でありましたが、宋以後は内丹の法といふものになつた。それは獨り按摩をするとか、體操みたやうなことをして養
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