いったので、はじめて人が気がついて驚いたのである。そこで云われるままに、守朝は父の傷あとをよく見て、
「まことに驚き入ったことでございます。しかし仰せによってよく見ますと胸先きの処にまろきもがあるようでございます」
といったので、為守は手を入れて引ききって投げ捨てて、
「ああこれが残っていたから死にきれなかったのだろう」
人々は驚きあわてて涙を流さぬものはない。けれども当人は尚少しの痛みもなく念仏をし続けていたが、七日経ってもまだ何ともない。「これはうがい[#「うがい」に傍点]の水が通うからだろう」といってうがいを止めて塗香を使ったが気力が更に衰えない。やがて傷も治ってしまった。その後は時々行水をしたそうである。かくて正月一日になっても死なないから法然の手紙を取り出して読み続けていた。正月十三日の夢に、来る十五日|午《うま》の刻には迎えに行くといって法然が告げる夢を見て、こんどこそはといって喜びの涙を流した。その時に上人から貰った袈裟をかけ、念珠を持ちて、西に向って端座合掌、高声念仏午の正中に安々と息が絶えた。腹を切ってから水漿《のみもの》を断って五十七日の間気力が常の如くして痛む
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