ってしまった。
或時法然が月輪殿へまいった処、熊谷入道がお伴をして行った。法然はこの荒っぽい坂東武者を連れて行き度くはなかったのだけれども、連れて行かなければまた文句が煩さいと思って、何とも云わないで行くと、のさのさ後をついて月輪殿迄やって来て、沓《くつ》ぬぎへ出て、縁に手をかけて寄りかかって待っていた。程なく奥の方で法然の談義の声が、かすかに聞えたから、熊谷入道が大きな声で、
「ああ、ああ、穢土《えど》という処ほどくやしい処はないワイ。関白殿の御殿だとやらで、おれ達はお談義が聞かれないのだ。極楽へ行ったらこんな差別はなかろう」
といい出したのが、奥の方の関白の耳に入って、
「あれは何者だ」
ととがめられた。法然が、
「熊谷入道といって、武蔵の国から罷《まか》り上ったくせ者でございますが、伴に推参してやって来ました」
と答えたので、関白が、優しく、
「召せ」
といって使をやって熊谷にこちらへ来てお談義を聴いてもよいという旨を伝えると、一言のあいさつも云わず、ずかずかと入り込んで、近く大床にわだかまって、法談を聞いていた熊谷の態度に並居る高貴の面々が耳目を驚かせたということがあ
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