であるが、法然が特に召されてこの席に列《つらな》るということは非常なる特例である。ただその席に列ることでさえが非常なる特例であるが、この一座の上に立って先達を勤むるということは特に破天荒というべきである。この時代のやかましい宗教界、名刹《めいさつ》の上下でさえも焼き打ちが始まる宗教的確執、我慢の時に於て、何等の僧位僧官も無い平民僧の法然が、彼等の上に立って先達を勤むることが是認せられるということは殆んど想像以上の一大奇蹟と云わねばならぬ。
 その以前今日の御催しの時に東寺へも御沙汰があって、東寺からも僧を召されるというような噂を伝え聞いて、天台側から抗議が出た。
「こんどの御経衆に東寺の僧を召し出される風聞がございますが、そもそもこの御経衆は慈覚大師が初めてとり行われた法則でございます。他門の僧を召さるることはよろしくござるまいと存じます」
 東寺は弘法大師の真言宗である。山門寺門の天台側からこの抗議があって見ると、仮令《たとい》法皇の思召《おぼしめし》でもそれを押し切る訳には行かなかった。
 処が法然が召されるという噂があったに就ても山門寺門では故障異議を申出でることがないのみか、「
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