となったが、同朋同行の多い処では煩いが多いから、誰れも知らない処へ行って静かに念仏をしようと思って、諸方を尋ね歩き、河内国讃良という処の尾入道という長者の土地へ住むことに定め、それから又京都へ登って来て所持のお経などを人に頒ち与えてしまい、ただ水瓶ばかり持って法然の処へ来て隠居をすることを物語り、
「この世でお目にかかるのは只今ばかり、再会は極楽で致し度うございます」
といって出て行った。法然はその心任せにして、時々あれはどうして暮しているかなどという噂をしたが、三年経つとこの僧がひょっこりやって来た。法然が驚いて、
「どうしたのだ」
と尋ねると、西仙房が云うことには、
「そのことでございます。あちらへ隠居しまして、はじめの年位は心を乱ることがなくよく行い済ませましたが、この春あたりから、つれづれの心が出て来て、煩《うる》さいと思っていた同朋同行や、親しかった間の者などが恋しくなり、余り徒然《つれづれ》にたえぬまま、あの時持っていたお経でも開いて見たならばこの心をなぐさめるよしもあったろうと人に頒ち取らせたことさえ後悔せられて、果ては時々来る小童などにそぞろごとを云いかけては心をな
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