えほう》を向いた年男。
「あちらの方でも御用とおっしゃる」
蛤《はまぐり》をつまみ上げた長井兵助。
これを見て、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百の野郎が、手を拍《う》って嬉しがりました。
「寛保二年、閏《うるう》十月の饑饉《ききん》、武州川越、奥貫《おくぬき》五平治、施米《ほどこしまい》の型とござあい――」
頼まれもしないに寄って来て、袋の結び目から、受けなしの片手をさし込んでの一掴み、口上交りで米友の手伝いをはじめました。
「下総の国、印旛《いんば》の郡《こおり》、成田山ではお手長お手長」
いい気持になって、人の懐ろで施しをはじめる。友兄いほどにはないが、こいつもまた、相当の曲者で、投げる銭に眼はつけないが、鼻ぐらいはくっつけて飛ばすから、受けきれない。
さしもの献上組も、これには全く辟易《へきえき》していると、頃を見計らったがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵が、米友を顧みて、
「あんちゃん、物は切上げ時がかんじん[#「かんじん」に傍点]だぜ、この辺で見切りをつけようじゃねえか、お前《めえ》は跛足《びっこ》で、おいらは足が早いんだから、お前、ひとつおいらの背中へ飛び
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