、百三十三歳まで生きたが、これも一日一食じゃ。播州の書写山の性空上人《しょうくうしょうにん》というのが、これも一日一食で九十八まで生きたじゃ。真宗の親鸞上人《しんらんしょうにん》は九十まで生きたが、これも一日一食。伊勢の月僊和尚《げっせんおしょう》というのが八十九、鳥羽僧正が八十八、一休和尚が同年というようなわけで、こういう坊主は、いずれも一日一食同然の節食をして、それで達者で長寿をしたものだが、それは坊主だからできるので、やっぱりお百姓さんの居候であることには変りはない。お百姓というやつは、節食をしてはならない、節食をしては働けないから、うんと食うがよい。大きな口をあいて飯を食う権利のあるのは、百姓だけの役徳だと思うがいい。うんと食って、うんと働き、うんと生産をして、坊主をはじめ、役人だの、学者だの、この世の寄生虫に食わしてやってもらわなけりゃならぬ。饑饉の時は、今も言う通り、悪食《あくじき》をせず、その時は節食をして、一日にお粥《かゆ》一ぱいだけでも食って、静かに寝て体力を養っているがいい、死なない程度に生きているがいい、そのうちには凶年という年ばかりではないからな。
 こういうよ
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