え、さむらい共が四五十人して守って引かせたものだ。村々町々でめぼしい家屋敷はブチこわしがはじまる、ブチこわされる方も、はじめのうちは辛抱していたが、今度はその方で組合を作って、竹槍を構えて待ちかけ、皆殺しにしてくれるという有様だから、全く、餓鬼道修羅地獄さ。食い物がなくなると、政治も奉行もあったものではないじゃ。
 だから、百姓は、平生丹精してよく作り、丹念してそれを貯えて置くことじゃ。近ごろ、節食節食と言って、なるべく少し食えということを言って歩く奴もあるが、わしらがようなものは、小食でもさしつかえないじゃ。わしらがような坊主とか、役人とか、学者とかいうやからは、そう大した体力の骨折り仕事というのはせんでも済むじゃから、そういうやからは、いわばお百姓様の食客《いそうろう》同様なものだから、なるべく遠慮して、少なく食ってもらいたい。ことにわしらがような坊主は、少々の間は、食わず飲まずでも平気でいられるくらいに慣らして置かなけりゃならぬじゃ。それで決して身体のさわりになるものじゃないのじゃ。一日一食で済まして、それで達者で長寿をした坊主もいくらもあるじゃ。東叡山寛永寺の天海和尚というのは
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