仲間を使にやって、そのチョボクレの願人坊主を附近の縄のれんに招き寄せました。
 神尾主膳は、件《くだん》の願人坊主を縄のれんへ連れ込んで、これに一杯飲ませ、
「さて、只今、その方が姫稲荷で唄ったチョボクレを、もう一遍ここで唄ってくれ、いくら長くてもかまわん、初端《しょっぱな》から終りまで唄って聞かせてくれ」
「お耳ざわりで恐れ入りました、どうか悪《あ》しからず御勘弁なすっていただきてえもんでござんす」
「勘弁はあるまい、その方も商売で唄っているのだろう、それが商売で、つまり食うと食わぬの境だから、それで唄っているのだろう」
「御意《ぎょい》の通りにございます、しがねえ商売でございますが、これも意気地なしの身過ぎ世過ぎ、致し方ぁございません」
「お前を叱っているのじゃないぞ、後学のために一つ聞いて置きたいのだ、さいぜんの立聞きで、よっぽど面白いと思ったが、忙がしくて追いかけきれない、ここで改めてゆっくり一つ聞かせてもらいたいのだ」
「唄えとおっしゃられると、これが商売でござんすから、唄わねえとは申し上げませんが、なにぶん作が作でございますから」
「誰の作だ」
「ええ、その作者てえのがわか
前へ 次へ
全386ページ中316ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング