きゃはん》の紐《ひも》を結び直したけれども、二人の口頭には別になんらの人物論も起りません。
がんりき[#「がんりき」に傍点]の百は、あんまりばかばかしいから、ドコぞで一杯飲んで行くと言って、米友と立別れ、米友は蹴上《けあげ》、日岡と来た通りの道を辿《たど》って山科へ帰りました。
五十九
その夜のこと、昼さえも静かな岩倉谷の夜もいたく更け渡る頃、たった一人の白衣《びゃくえ》の行者が、覆面をして両刀を落し差し、杖を携えて、飄々浪々《ひょうひょうろうろう》としてこの岩倉谷に入り込みました。
こう書き出してくると、夜前、ああいう光景を描き出した場所柄、またもや一層の妖気魔気が影を追うて来なければならないのですが、事がらはそれに反対で、妖気魔気どころか、気の利《き》いた化け物は、面をそむけて引込むが当然なのです。
昭和十六年五月十日の東京朝日新聞の映画欄の記者でさえも、こういうことを書いている――
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「が、元来、かういふ虚無的なやうな、感傷的のやうな嫌味ツたらしい浪人は、日本映画の昔から好物とするもので、現代人の心理を詰めこんだつもりで、深刻が
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