つてゐるものの、実は、すこぶる浅薄陳腐といふべし……」
[#ここで字下げ終わり]
といったようなわけで、この浅薄陳腐なる嫌味ったらしい好みが、恥を知らない日本のうつし絵の食い物となっているも久しいものだ。今から三十年前、武州多摩川の上流から颯爽《さっそう》と現われた、これが原生動物と覚しき存在は、こんな無恥低劣な姿ではなかったはず。
何の因果か、この原生動物と覚しきが、三十年の昔、姿を現わして以来、この形のうつしが一代の流行を極めて、出るわ、出るわ、頭巾をかぶせたり、五分月代《ごぶさかやき》を生やさせたり、黒の紋附を着流させたり、朝日映画子のいわゆる浅薄陳腐な嫌味ったらしい化け物が、これでもか、これでもかと、凄くもない目をむき出し、切れもしない刀を振り廻して見得《みえ》を切った、その嫌味ったらしい浅薄陳腐な化け物が、三十年の今日、箱根以東の大江戸の巷《ちまた》から完全に姿を消してはいない。朝日のきらきらする市上にまで戸惑いをしている。
こいつらは、人の感情を保護するということを知らない、いわんや向上せしむることをや。模倣が程度のものであることも知らない、剽窃《ひょうせつ》が盗賊の親
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