、位ばっかり高くて実力がないから、時の日和《ひより》で、あっちへべったり、こっちへべったり、木曾が出頭すれば木曾に、義経が迫れば義経に、頼朝が怒れば頼朝に依存して、而《しこう》して、その間の鞘《さや》を取って小策を弄《ろう》するのが即ち公卿の身上と見てかかると、岩倉三位に於て失敗する、当時、堂上お公卿さんにも出色の人物は多いが、岩倉三位に比べると同日の談ではない、江戸に依存せずとも、薩長を操縦せずとも、立派に大業を成せる人だと僕は思いました。大久保さん、おたがいにしっかりしないと、薩摩も、長州も、岩倉三位に食われてしまいますぜ」
品川弥二郎は、はじめて会った岩倉三位に就いての印象を、大久保市蔵に向って右のように物語りつつ、やがて京の町に入り、薩州邸へと帰着するかと思うと、上京寺町通り裏、石薬師門外のあたりで二人の姿が消えました。これより先、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵と、宇治山田の米友も、件《くだん》の如き首《くび》っ枷《かせ》の芸当を以て京の町外れまで一散に走りましたが、そこで、米友は、がんりき[#「がんりき」に傍点]の肩から下り、がんりき[#「がんりき」に傍点]は脚絆《
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