、あぐね果てて空しく門前を行きつ戻りつしているが、無人境の一得には、いくら行きつ戻りつしたからとて、べつだん怪しげな目を向ける人もない。それが有ってくれる方が、かえって所望だと言いたいくらい、取合われないのが物足らぬこと夥《おびただ》し。ここで思いきって門内に進入し、過日、胆吹山の廃墟で試みた手段をとろうかと決心して、さすがに思い煩う途端、初めて表門の四辺がザワついて、ひゅうと風を切って走り出したもののあることに目をみはり、
「あ!」
と兵馬も驚いたのは、熊にあらず、羆《ひぐま》にあらず、この国ではめったに見ることができない、というよりも、太古以来絶えて存在を許されていない種類の動物、唐国《からくに》の虎という獣に似たやつが一頭、まっしぐらに門の中からおどり出したからであります。
「虎!」
と叫んでみたが、虎でない。
「彪《ひょう》!」
と呼び直してみたが、彪でもない。全身|斑《まだら》にして、その身体は虎彪に匹敵して、しかもそれよりも勇んでいる。
兵馬はそれに警戒を加えざるを得ません。心得は有り余るけれども、相手に覚えがない。一時はどうあしらっていいかに迷いましたけれども、虎はおろ
前へ
次へ
全386ページ中230ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング