を感じ出してきました。退屈を感じはじめると、この男は生来短気なのです。短気が癇癪《かんしゃく》を呼び出して来るのが持前なのですが、ようやく少し焦《じ》れ出すと共に、後ろ捨身に投げられた銭金袋に目がつかないわけにはゆきません。これが米友でなかった日には、何事を措いても、このしこたま[#「しこたま」に傍点]のテラ銭が気になってたまらないはずなのですが、今になって、ようやく草むらの中に、かっぱと伏している袋に気がついたのは、無慾は感心としても、この男の神経としては鈍感に過ぎる。
「やっけえなものを置いて行きやがったな」
 試みに、草むらの中へ分け入って、その袋に諸手《もろて》をかけてみました。重い。幸いにしてこの男は稀代の怪力を持っている。
 かくて、この金袋を抱き起してみたが、さてこれからの処分法が問題です。
 実は問題でもなんでもありようはずはない。およそ、盗難や遺失物は交番へ届けさえすれば、それで済むことなのです。当時まだ交番が出来ていない、出来ているとしても、その近所にないというならば、これに代る一時の手段はいくらもあるべきはずなのです。これを米友が、重大なる問題かの如く悩み出すのも
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