た。

         四

「危ねえ――」
 これは米友が叫びました。全くあぶないのです、五升袋へ詰めた銭を、まともに頭からブッつけられた日には、たいていの面はつぶれてしまう。米友なればこそ体《たい》をかわして、銭の袋は後ろへ外したけれど、余人ならば相当の怪我です。だが、出来事は、それっきりの単純なものでありました。
 目標の笠は、ほどなく米友の前へ、ずっしずっしと通りかかりましたけれど、何の騒がぬ面色、足どりで、そのうちの一人が、チラと米友を横目に見ただけで、その前を素通りしてしまったのですから、けったいとも言わず、薬袋《やくたい》とも言わず、何事もなく素通りをしてしまったのですが、その一行は山科方面から来たには来たが、六地蔵の方へ向けて行くかと思うとそうでなく、米友の眼の前を素通りして、すぐに鍵の手に曲ったのは、三位一体の二体がすでに入門したと同じく、三宝院の門に向うのでありました。
 宇治山田の米友は、しばしそれを見送っていたが、二三子の姿は三宝院の境内《けいだい》に消えても、竹藪に飛び込んだ、けったいな野郎は容易に二度と姿を見せません。
 時が経つうちに、米友もようやく退屈
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