で、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百が、狐につままれたような面《かお》をして、岩倉三位の門前を、振返り、振返りながら退却に及ぶと、それと行当りばったりに、一つの団隊と衝突しました。衝突というわけではないが、危なく摺違《すれちが》って、見ると、これは穏やかならぬ同勢でありました。都合十人も一隊をなして、いずれも肩を聳《そび》やかし、一種当るべからざる殺気を漲《みなぎ》らして、粛々と練って来たのでありますが、その風体《ふうてい》を見ると、今の流行の壮士風、大刀を横たえたのが数名、それに随従する無頼漢風のが数名。先頭に立った一人が、恭《うやうや》しく三宝を目八分に捧げて、三宝の上には何物をか載せて、その上を黄色のふくさと覚しいので蔽《かく》している。
がんりき[#「がんりき」に傍点]の百が危なく体をかわす途端に、
「コレコレ、岩倉三位の屋敷はドコだ」
それが、あんまり粗暴で横柄なたずね方ですから、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百もいい気持がしない。顎《あご》を突き出して、唇を反《そ》らして、たったいま新知識の岩倉邸の門を、つまり顎で指図して教えてやると、先方は、ちょっと妙な面をしたが、相手にせず、すぐさま立て直って、がんりき[#「がんりき」に傍点]に顎で教えられた通り、門をめざして粛々と繰込んで行きます。
がんりき[#「がんりき」に傍点]は、御大相な奴等だ、いったい何をかつぎ込むのかと、一行の後ろ影を見送っていましたが、はっと気のついたことは、そうだ、そうだ、うっかり釣り込まれて、本職を忘れていたわい。
こっちは、中納言様、中納言様と下手《したて》にばっかり出て来たが、あいつらは、岩倉三位、岩倉三位と、大きそうに出やがって練込んで行くが、結局、帰《き》するところは一つで、東西きっての大賭場が開けるというその貸元をたずねて行く奴なんだ。こっちの符牒《ふちょう》が間違っているから、グレ通しだが、おいらと同じ目的のため、ああして乗込んだにちげえねえ。こいつぁ、うっかり口をあいて見ているばっかりの場合でねえぞ。あの尻尾をつかまえてやれと、百は早くもそこを合点したものですから、忙がわしく米友に向って、
「兄さん、おいらが、きっと突留めて来るからお前、そこんとこでひとつ待っててくんな、首尾がよければ、あの門の前で手を挙げるから、この手が挙がったら、お前、物言わず門の方
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