えもん》や貉之助《むじなのすけ》の方のひいきが承知しない。トカク、これは難物だから、後廻し、後廻し。
 絵かきの方は、昔から相場附けがほぼきまっているから、これはわりあいに手なずけ易《やす》いが、文書《ぶんか》きの方はトカク店が新しいだけに、品《しな》がややこしくていけねえ。
 絵かきが五十八人もいるのに、文書きが十人じゃああたじけ[#「あたじけ」に傍点]ねえ、とムクれる奴には、刺身のツマとしてお下《さが》りをあてがって置いたが、このごろ、木口勘兵衛尉源丁馬と、金茶金十郎とを入れろ、ぜっぴと言って推薦して来た奴があるが、こいつは鐚も買えねえよ。
 金茶や木口は、武芸もやっぱり芸のうちだから芸娼院へ入れろ、刺身のツマでもいいから入れろ、と捻《ね》じ込んで来ているのだが、どうも、さしも悪食《あくじき》のビタにも、こいつはちっと買えねえよ。
 なるほど、武芸も芸には違いないが、あいつらの芸は下町の芸で、デモ倉流盛んな時はデモ倉流、プロ亀派が景気のいい時はプロ亀派、勤王がよければ勤王、佐幕がよければ佐幕で、風向き次第、どっちでも御用をつとめる大道武芸者だから、本当の芸人の中へは加えられねえ、大道芸人の方では、あいつらが大御所面で納まっているけれども、公儀には柳生流というお留流儀《とめりゅうぎ》もあれば、実力第一小野派一刀流という、れっき[#「れっき」に傍点]としたのがある、木口や金茶の大御所流を入れることは、三下奴《さんしたやっこ》ならば知らぬこと、ビタちゃんとしてはいささか気がさすねえ、なあに、御祐筆《ごゆうひつ》の方へ申し込めば、御祐筆はみんなお人よしぞろいだから、ビタちゃんの言うなりにはなるがね、ビタちゃんの眼鏡の貫禄として、そう安売りはできねえ。
 鐚《びた》は、とつ、おいつ、こんなことを言って、自宅にくすぶって気を腐らせていると、溝板《どぶいた》を荒々しく蹴鳴らして、
「鐚公、いるか」
 その声は、まさしく木口勘兵衛尉源丁馬。
「来たな」
と鐚は思いました。
 ガラリと腰高障子を引きあけた木口勘兵衛尉源丁馬は、朱鞘《しゅざや》の大小の、ことにイカついのを差しおろし、高山彦九郎もどきの大きな包を背負い込んで、割鍋を叩くような大昔を振立て、
「鐚、いたな、今日はひとつ、てめえに膝詰談判に来たんだが、このお爺《とっ》さんをひとつ、芸娼院の人別に入れてくんな、これは木曾の
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