開墾地の留守の支配は、七兵衛入道ひとりを以て足れりとします。このぐらい適当な管理者というものはなく、自ら働くことに於て模範の腕を持つのみならず、人を働かせる上に於て非凡な人情味を持ち、その上に、睨《にら》みを利《き》かせる威力というものが相当に備わっている。まだ、手を下して、人を懲《こら》したということはないけれども、まかり間違って、この入道の怒りを買った日には、なんだか底の知れないような刑罰が下りそうだ。刑罰というよりも、復讐が行われそうだというような凄味がドコかにあると見えて、これが人を威圧、というよりも、圧迫、或いは脅迫する圧力がある。そういうわけで、ニヤリニヤリと脂下《やにさが》る好人物としての入道には幾分の親しみもあるが、人を狎《な》れしめない圧迫感もある。それに、ムク犬というものが、お松の命令と意志を分身のようによく守る。曾《かつ》て敵視した七兵衛に向っても、牙を向けるというような気色が衰えました。
お松は、駒井の不在中の官房をあずかること、その在舎中と変りはありません。田山白雲は、白雲の去来するように、自由な行動を許すよりほかはない。そこで、駒井は、もはや留守には何の心配もなく、外出が自由であります。
駒井は東南の海岸線から跋渉をはじめました。今日は、この海岸線を行き得られるだけ行き、内側方面の踏査は、いずれ相当の人数を伴うて、測量式に行う時があるべしとして、今日はまず海岸の瀬踏みのようなものです。
行くことおよそ二里と覚しい頃に、この島が予想したよりは奥行のある島だということに気がつきました。二里にして行手に一つの岩山を認めます。海岸に沿って北に走り、この島の分水嶺というほどではないが、テーブルランドを成しているらしいという地勢に駒井が興味を持ち、あの最も高い地点に立つと、他のどこよりも展望の自由が利くことを認め、そこで望遠鏡をほしいままにしようと思いついて、それに向って行くこと約半里、いたりついて見ると、予想ほどに高くはなく、高いと思って来て見たところに、凸凹があって、最高地点を求めている間に、また勾配が均《なら》されてしまう、その間に一つの入江がある、入江ではない、相当の湾入があって、自分たちの着いた海を北湾入とすれば、これは東湾入ともいうべき形勢であって、駒井甚三郎は、この地勢を見ると、どうやら人間臭いと思わないわけにはゆきません。
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