琵琶一面が消滅しているところを以てして見ると、その後、彼は目的を達して、多景島から竹生島に転航し、そこで首尾よく、彼が年来の大願としての琵琶を神前に奉納し了って、そこで、かくばかり肩がわりをしたのか、そうでなければ、竹生島へは渡らずに、つい今の先、この関の蝉丸神社へ一期《いちご》の思い出に納め奉ってしまったのか、そのいずれかであろうとは推察が届くのであります――竹生島にしても、蝉丸にしても、琵琶とは極めて縁が深い。そこへ一期の思い出を掛了《けりょう》し終るということは、物のためにも、器のためにも、人のためにも、極めてところを得たと言ってよいから、心配することはないのです。
 何がさて、笠のことや、琵琶のことはどうありましょうとも、二人がこうして無事であっていてくれさえすれば、よいではありませんか。

         三

 そこで、米友の方から沈黙の第一声を破って、「弁信さん、イヤに明るい晩だなア、お月夜でもなし、お星様もねえのに、イヤに天地が明るいよう」と呼びかけてみたところで、これは弁信にはこたえられまい。明るい月夜であろうと、暗い闇夜であろうと、生れつき、明と暗とが不可分平等に
前へ 次へ
全402ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング