これにて御免――」
不破の関守氏は弁信を置きっぱなしにして、自身のわび住居《ずまい》へ帰ってしまいました。
お銀様の経机に向った周囲を見ますと、幾つかの封じ文が、右と左に置かれてある。机の上にも堆《うずたか》いほどの手紙が載せてある。察するところ、この手紙類を右から取っては左へ読みついで、ひたすらそれに読み耽《ふけ》っていたところらしい。弁信が来たものですから、手紙の方はそのままにして置いて、お茶の立前《たてまえ》にかかりました。
お銀様のお手前は本格であります。珍しくも手ずからお茶を立てて、弁信法師をもてなそうとするのであります。
「一つ、召上れ」
ふくさに載せて、わざわざ弁信の前に置かれたものですから、この法師もいたく恐縮しました。
差出された茶碗を見ると、これも光悦うつし、いや、うつしではない、光悦そのものの肉身の手にかけて焼き上げたもの――むやみに、うつしうつしと口癖になってしまってはお里が知れる。
「これはこれは、痛み入った御接待にあずかりまして」
例によって物堅い弁信法師の辞儀、お手前ともお見事とも言わないで、御接待と言いました。そうしてその言葉にかなう恭《うや
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