ら胆吹山というのが気にかかったからです。この青年は山稼《やまかせ》ぎをすべき青年ではないし、山稼ぎをして来たとも思われない。神戸から来た、大阪から来た、彦根から来たといえば、そのまま受取れるが、山から来たということが、そぐわない思いでした。それを青年は、御尤《ごもっと》もと言わぬばかりに、問われない部分まで、差出でて兵馬に語り聞かせます――
「御存じでございましょうが、胆吹山にこのごろ、例の上平館《かみひらやかた》の開墾が起りまして、そこに一種の理想を抱く修行者――同志が集まって、一王国の生活を企てている、そういう風説《うわさ》を聞きましたものですから、僕は越前の福井からかけつけて、右の団体へ加入してみたんです。僕のは、必ずしも、あの団体の主義理想に共鳴したというわけではありません、本当を言うと英学がやりたいんです。僕は非常に外国語をやりたいんでしてね、それも、今はもう蘭学ではいけないそうです、蘭学は古いんだそうですから、ぜひ英学の方をやりたいと思って、諸所に師匠をたずねましたが、どうも評判倒れが多くて、本当に英学の出来る学者というのが少ないんでしてな、困っておりました。ところが、聞く
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