このところで、たじたじとなって、ああ、つまらない、なんだか世の中が味気ない気持になったよ――歴史のことも、英雄のことも、兵馬の念頭から消滅して、呆然《ぼうぜん》と立ち尽した越前と近江の国境――そこで兵馬は後ろ髪を引かれている。
行こか越前、帰ろか近江、ここが思案の柳ヶ瀬の峠――
そこへ、行手、すなわち近江路の方から、高らかに詩を吟じて上り来《きた》る人声が起りました。
五十九
兵馬が待つ心地で立っていると、彼方《かなた》から上って来るのは、たった一つの笠、しかも背の低い、ずんぐりした書生体の青年であることが、一目見てはっきりとしました。
近づき来《きた》るをよく見れば、白い飛白《かすり》の単衣《ひとえ》をたった一枚着て、よれよれになった小倉の袴をはき、頭には饅頭笠をかぶり、素足に草鞋《わらじ》をつけ、でも、刀は帯びているが、それ以外には旅の仕度もしてなければ、荷になるほどのものも持ってはいない。肩から一つ、ズックのカバンのようなものを釣り下げているばかり。
そこで、兵馬と行き逢いました。人跡の稀れな山中の出会いですから、おたがいに言葉をかけ合うのが当然で
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