また、何とも言えない感情に震動させられながら、いったん福井の城下まで帰って来たのです。福井の町にこれ以上とどまるべき因縁は解消してしまったようなものの、このまま見捨てるには忍びないものがある。人情の上とは別に、ここも北国名代の城下であり、いや、自分の尋ねる敵の手がかりが、どこにどう偶然を待っているか知れたものではないというようなおもわくもあって、ともかくも市内の要所を一めぐりして、その足で鯖江《さばえ》から敦賀《つるが》――江州へ出て京都へ上るという段取りに心をきめました。
道の順から福井の名所の第一は、もとの北の庄の城跡、織田氏の宿将柴田勝家がこれに拠《よ》って、ここで亡びたところ、その名残りのあとを見ると、神社があって、城郭の一片と、その時の工事の鉄鎖などがある。この庄の落城物語を歴史で読むと、巍々《ぎぎ》たる丘山の上にでもあるかと思えば、これは九頭竜川《くずりゅうがわ》の岸に構えられたる平城《ひらじろ》。昔は壮観であったに相違ないと思うが、今は見る影もない。それに引換えて、三十二万石福井の城がめざましい。転じて足羽山にのぼって見ると、展望がカラリと開けました。上に池があって「天
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