と最後の一夜の水入らずの名残りを惜しむの時間が惜しいとも思われませんでした。そうすると、女というものが別な女になって、海千山千の股旅者ではない、純な処女の人情として扱うことの、何となしの魅力を、兵馬が改めて感得したものと見えて、気持よく言いました、
「よろしい、最後の一夜を明かしましょう、出立は一日延ばしてあげます」
「まあ嬉しい、嬉しい」
女は飛び立って悦びました。
五十六
ここは、あわら[#「あわら」に傍点]の温泉の一夜。
あわら[#「あわら」に傍点]の温泉は明治の十年に発見されたということだから、その時分はまだ地下に埋もれていた、その仮普請の一夜。
福松の言う相当の顔役が言っていた、旦那衆もてなしの数寄《すき》をこらした仮構《かりがまえ》に、庭も広いし、四辺《あたり》の気遣《きづか》いはなし。
そこで、兵馬はドテラに着替えて、福松も粋《いき》な浴衣《ゆかた》の一夜、兵馬が改まって、
「では、道中お預かりの品、ここでしかとお渡し申す、お受取り下さい」
行李《こうり》の中から取り出して、福松の眼の前に置いたのは、金包、すなわち問題の三百両の大金であり
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