言われる捕方《とりかた》の功の者がおどろいたのだから、尋常の見物《みもの》ではありません。
四十九
すすき尾花の山科原のまんなかに、竹の柱を三本立てて、その上に人間の生首が一つ梟《さら》してあるのです。
と言ったところで今時、生首を見せられたからといって、単にそれだけで腰を抜かすようでは、源松の職はつとまらない。源松が驚いたのは、その梟し首が自分の首ではないかと思ったからです。宇治山田の米友も、生きながら梟しにかけられたことはあるが、あれは正式の公法によって処分されたものですから、見るほどの人が見ていい気持はしなかったけれども、その処刑というものは、形式が異法だと思うものはありませんでしたが、これは変則です。いかに重罪極悪非道の者といえども、こういう惨酷極まる梟され方というものはない。
まず、三本の竹の柱を、いとも無雑作《むぞうさ》に押立てて、その上に人間の生首一つ、その三本の竹の柱の下に、丸裸にした胴体の下腹と胴中を男帯で結えた上に、首だけは竹の上に置かれたように出ているが、実は、首と両腕とを下で細引で結んで釣り下げてある。細引はまだ新しくて、ゆとりがたっ
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