た方へ、ひとり朧《おぼ》ろげな足どりをして、しょんぼりと、月夜の下に見えつ隠れつして、ふらふらと辿《たど》り行くのは、三条から白川橋、東海道の本筋の夜の道、蹴上《けあげ》、千本松、日岡《ひのおか》、やがて山科《やましな》。
 多分、関の清水の大谷風呂あたりへ、足もとの暗いうちに辿りついて、空虚極まる疲労を休めようとの段取り。
 かくて山科の広野原――へ来たが、まだ月光|酣《たけな》わなる深夜なのです。その広野原へ来て――山科には特に広野原というべきところはないけれども、彼のさまよう世界のいずこも広野原。そこへ来るとふらりふらり辿《たど》って来た足を、ものうげに薄野原《すすきのはら》の中にとどめて、ふっと後ろを顧みると、東山を打越えて見透し、島原の灯が紅《あか》い。
 山科の地点に立って島原の灯を見るということは有り得ないことだが、ありありと島原傾城町の灯が紅く、京の一方の天を燃やしているその灯に、名残《なご》りが惜しまれて、後朝《きぬぎぬ》の思いに後ろ髪を引かれたのかと思うと、必ずしもそうでもないようです。
 またしても、人を待つものらしい。行きには田中新兵衛あたりの人の気配を感じたが
前へ 次へ
全402ページ中216ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング