見ていては見る目が偏《かたよ》るぞ」
とさしはさむものがあるかと思うと、一方には、
「いや、まだ大名のうちにも油断のならぬのがいるぞ、土佐、肥前なんぞは、なかなか食えないぞ」
と言う者もありました。

         四十七

「土佐は食えない」
と和するものがあって、薩長論から続いて話壇を占有したものは土佐でありました。
「土佐の国の国論というものは一種不可思議だよ、志は王政の復古にあらず、さりとて幕政の現状維持でもない、どのみち、天下は一大改革をせにゃならんということは心得ているらしいが、その方法として、封建を改めて郡県を立てんとするの意思も相当徹底しているらしいが、それはよろしいが、その手段方策というものが土佐一流で、徳川慶喜《とくがわよしのぶ》をして大政を奉還せしめる、これも異議がない。しかして大政を奉還せしめた後、天下の公卿諸大名から、各藩の英才を徴して新政に参与せしめる、その理想も悪くはないが、さて、その新政体の主脳髄は何という段になると、それが今の慶喜を将軍職を奉還せしめた後、改めて政権の主座に置いて、三百諸侯みな現状維持の下に、つまり藩主を藩知事というものにして、それ
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